堅気屋倶楽部
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『じゃりン子チエ』と『夜を賭けて』の1考察 [ 清水のテツ ] 02/06/21 03:28
はじめまして。とは言え、実は半年ほど前からおじゃまさせて戴いていました。発言は初めてです。宜しくです。

私は大学時代「日本文学」の論文課題に、前期とも『じゃりン子チエ』の考察で「優」を取ったバカ者(大学内部で語り継がれている)です。

じゃりン子チエを考察する際、個人的に意識するのが、ストーリー中には描かれていない、大阪下町の在日コリアン社会です。

じゃりン子チエの中では、在日のエスニシティーに触れる部分は見当たりませんが、ライトでコミカルに描かれている展開の節々に在日コリアンと日本社会との軋轢や葛藤が巧く換言されているな、と感じました。

じゃりン子チエに描かれなかった(或いは描けなかった)、その社会分析は、梁石日の『夜を賭けて』の前半部分で代弁されていると思います。

マサルの意地悪、ヨシ江はんの境遇、おバァはんの短絡的現実主義など、まさにそれでしょう。ある意味で、あの当時、そこに着眼したはるき氏の目の付け所に脱帽です。

趙博(通称;パギヤン)の「橋」という歌にも、笑えるようで笑えない、でもやっぱ笑えてしまう、『じゃりン子チエ』の世界がコミカルに描かれていて、ほのぼのとしたアイロニーを感じます。

Re:『じゃりン子チエ』と『夜を賭けて』の1考察 [ テツのひげ ] 02/06/21 16:57
まずは、注釈から。
エスニシティー
エスニシティーなる概念は人種ときわめて近似しているため、両者は日常しばしば混同されている。人種が遺伝的継承要素――その最たるものは、皮膚の色や毛髪の特質――の違いによって区別されるのに対して、エスニシティーは文化に起因する要素――ことに宗教、言語、さらには衣装、食習慣、騒音レベル、若者のデートのしきたり、それに家族構造など――を識別の対象とする。(ルイス(1985) 7ページ)

アイロニー
皮肉:〔相手を非難・批評する気持で〕事実と反対の事を言ったりして、意地悪く、遠回しに相手の弱点などをつくこと。

梁石日の『夜を賭けて』
戦後、在日をしたたかに生き続けた朝鮮人たちのたくましくも涙ぐましい物語り
2002年秋全国ロードショー

趙博の「橋」という歌
この歌では、朝鮮人として大阪人として誇り高く生きる趙博さんの、ここが故郷なんだという熱い思いとと同時にその故郷が変わってゆくことへの寂しさが歌われている。
ってことで、文学に対して滅法弱い私ですが、私なりに(私が)難しいと思う清水のテツさんの投稿を熟読したところ、清水のテツさんは「竹本家は在日朝鮮人で差別感情からチエはマサルにいじめられている」という解釈(じゃりン子チエの秘密のパクリです)でよろしいのでしょうか。
私自身、チエちゃんクイズでは16秒を出しましたが(知っている人だけ)、まだまだ勉強不足(なんの!!)なので分からないのですが、「竹本家は在日朝鮮人」なのでしょうか。「じゃりン子チエの秘密」では、その解釈は間違っているとありますが…。自分も、一通り読みましたがどうしてそんな意見がでるのだろうと前から不思議に思っていました。「在日朝鮮人ではなかろうか」ならまだ分かりますが、ほぼ決めつけたような考え方はどこから来るのでしょうか。
私は、難しい文章は苦手なので、出来れば分かり易く教えて下さい。
大阪の在日朝鮮人 [ テツのひげ ] 02/07/02 22:14
 日本における戦後のアジア系居住者の動向を外国人入国者の推移をもとに見てみると、日本全国の韓国・朝鮮人の4分の1が大阪に集中しています。それは何故か。韓国・朝鮮が日本の植民地統治下に置かれていた時代、韓国・朝鮮人は強制労働者として大阪の生野区に連れてこられ、平野川改修工事などに従事させらました。その結果、彼らの多くが平野川周辺に住居を構えるようになったのであります。
 では、日本最大のコリアタウンの生野区と西成区ではどのくらい離れているのか。地図で見ると、「西成区」の「文字」から東北東に約5キロの地点に、「生野区」の「文字」が書いてありました。ウーン、いまいちピンとこないなぁ。では、西成区そのものを調べたらどうか。
 調べた結果、西成区内には、(1)あいりん地区、(2)在日韓国朝鮮人の集住地域、(3)沖縄の人々の集住地域、があるらしいです。市場や通り、町工場は活気があふれており、力仕事につく人が多いので、当然、上品な言葉では日々の生活は送れないということです。
 この辺では、幼い子供の遊びで、「下駄かくし」という遊びがある(あった?)らしいです。以下は、その「下駄かくし」の遊びが好きだった人のコメントです。
 『その下駄かくしが、被差別部落の人々を、揶揄し、差別をしていた遊びだと知ったときは、ショックだった。幼い子どもたちの遊びにも自然と差別をするように仕向けられた巧妙な手口に、ほとほとがっくりときた。「下駄隠しチュウレンボ 橋の下のねずみが、草履をくわえてちゅっちゅくちゅうちゅっちゅくまんじゅうは、誰が食た、だ~れも食わない、わしが食た表の看板三味線屋、裏から回って三軒目」』
 (http://www.tcn.zaq.ne.jp/akahj701/life/younen-5-gomi.htm)
 私は、運動会でマサルがチエの下駄ではないですけど、運動靴を隠した(ことがある)事件を思い出しました。いや、ホント、「ただ」思い出しただけです。私個人の考えでは、おバァはんは、日本人やと思います。
 韓国・朝鮮料理店および焼肉店は、在日の人々に雇用を提供すると同時に、彼ら自身の文化を大切にする上で重要な役割を果たしたといえます。しかし、韓国料理や朝鮮料理に対する彼らの思いも、私達が想像する以上に複雑であることと思います。
歴史と独り言 [ テツのひげ ] 02/07/03 12:42
 19世紀末、欧米列強からアジアを守るという名目で始まった日本の侵略戦争期間中、韓国を植民地支配したことがある。この1910年(明治43年)から1945年(昭和20年)までの植民地時代を「日本植民地時代」と呼んでいます。
 この時代、韓国、日本両国において、韓国人に対する迫害が行われていき、韓国語使用禁止、韓国姓名の禁止など多くの規制もされていきました。一方、その期間に日本から近代文化が入ってきたのも事実でありますが…。
 そして、平野川が改修された時期は、昭和十五年頃であるらしいです。以下は、私の独り言です。
 『そうかぁ。自分の考えだと、初期設定が昭和50年だから、35年以上前に生野区への強制連行が行われたということになるのかぁ。昭和50年で、おジィはんが65歳くらいだとすると、おジィはんが25~30歳くらいの頃だなぁ。おバァはんは若い頃の話が少しあるけど、おジィはんの若い頃の話って無いような気がするなぁ。』
 ちなみに平野川とは、チャブスヤマとひょうたん池にも深い関係があります。ちょっと説明しておきます。
 天王寺公園の北側にある茶臼山古墳は前方後円墳で、古代豪族の墓と考えられていますが、詳細は不明であるということです。
 大坂冬の陣では徳川家康の本陣となり、夏の陣では真田幸村が布陣し激戦地となった茶臼山は、奈良時代の延暦7年(788)和気清麻呂が河内川(今の平野川)の流水を西流させようとして失敗した工事跡といわれる河底池とともに、天王寺公園の風景に取り入れられております。
 この茶臼山は昭和61年度に発掘調査を実施したが、本陣跡の遺構がよく保存されていることが分かり、記録にある家康本陣跡の一部も発見されました。
食文化 [ テツのひげ ] 02/07/06 00:30
竹本家の食事において、「キムチ」が出てきたことはないように思います。私の大学の友人に、3人の韓国人留学生がいますが(もう卒業してしまいましたが)、必ずといっていいほどキムチを食べていました。つまり、チエちゃんの家族(テツ、ヨシ江、チエちゃん)は、あまり韓国とは関わりがないような気がするのです。ただ、おジィはんのテツに対する態度には気になる所があります。韓国のある地域では、長男が絶対的に扱われるらしいです。テツに言われるがままに小遣いを払うおジィはんのあの態度は…。
ところで、キムチは日本語で「漬物」だそうです。秀吉の朝鮮出兵の時に「漬物」が伝わって「キムチ」になったらしいです。また、韓国語は、文法が日本語とほとんど同じらしいですが、中国語は英語と文法が似ているので、国が隣りでも、中国語はほとんど分からないということでした。
Re:食文化 [ 森 絢女 ] 02/07/07 20:35
> 竹本家の食事において、「キムチ」が出てきたことはないように思います。

私もテツのひげさんと同じ事考えてました
あと、在日の方ってお好み焼きよりチヂミを食べる事の方が多いんですよね
チエちゃんがテツの為にちくわのお好み焼きを作ってるシーンはあったけど、チヂミを作っているのも見た事ないし…
何より、とうがらしを多用しているのを見た事もない
知り合いの在日の方、結構とうがらしの消費多かったですよ
それに、在日の方って下駄をあんなに日常的に履くのかなぁ?(親戚に靴屋さんがいるけど下駄は日常的には履かないのでは?と言ってた)

過去ログを読んで [ テツのひげ ] 02/07/07 19:53
98年5月 呉智英説
呉氏のチエ論文は「テツに限らずヒラメちゃんは在日朝鮮人ではないか」とまで書いてあるらしい。「関じゃり研」の存在意義にまで、話が発展。
00年3月
『竹本家帰化在日論』の論文を書こうとする人が現れた。論文を書くことそのものに対して、やや否定的な意見で終了
01年1月
『竹本家帰化在日論』はどうなったのかという質問が浮上。「論文は今でも心待ちにしています」と管理人様のコメント。
過去ログを読みなおしていて、「アレッ」と思うことが。私は、「おジィはん」が在日の可能性があるのではないかと考えているのに、みんな、「おバァはん」、「テツ」、そして「チエちゃん」が、在日の可能性があるのではないかと書いているではありませんか。ひょっとして、「おジィはん」の在日だけを考えている私自身、意見が孤立しているのでは。
私には、過去の人達の意見をまとめ、論文を書く資格があるのだろうか。しかも、私自身おジィはんが100パーセント在日だと思っているわけではありません。そんな、中途半端な考えなら、書かない方がマシなのでしょうか。「呉氏のチエ論文」すら、まだ読んでいない私が…。それとも、この話題そのものが、既にあまり関心がないのかなぁ。
Re:過去ログを読んで [ とりちゃん改めとも ] 02/07/07 20:58
> ひょっとして、「おジィはん」の在日だけを考えている私自身、意見が孤立しているのでは。

私は逆に「なるほど」と思いました。もし過去の「在日論争」で、誰かがここを突いていたら誰も反論は出来なかったかもしれませんね。おバァはんの養子になることで帰化したと考えると、今までの在日論争の中で最も筋が通っているように私は思いました。
しかし、おジィはん、あまりにも存在感なさ過ぎです(笑)。

Re[2]:過去ログを読んで [ 水素戯終 ] 02/07/07 21:22
>竹本家在日説
しかし…もともとどこからそんな話が出てきたのかと思いますが私が思うに竹本家は在日ではない(韓国朝鮮人)ではないと思う。
 なぜならば韓国朝鮮は日本とはちがい「儒教」の教えがとても強いお国柄。それは在日のかたがたでも変わりないのですが、この儒教のひとつに「親は敬うもの」として絶対的な存在です。ですから韓国では徴兵制の免除理由のひとつに「長男長女でなおかるそのもの意外に両親の扶養をするものがいない場合にかぎる」とされてますがつまり韓国は「親があって子供がいる」とゆう考え方ですから、テツの行動(すなわちおジイはんを脅すは金とるはおバアはんをくそばば呼ばわりするは‥‥)は韓国朝鮮人らしからぬ行動だと思うのです。
 それに儒教のもうひとつのに「目上には敬意をはらう」というのがありますがそれも花井センセに対する行動はやっぱり…(汗)
 韓国語は日本語と語順もおなじ上に日本語とおなじように敬語・謙譲語・丁寧語がありますのでこれから考えても‥‥。
日本語と朝鮮語 [ いとうあきら ] 02/07/08 00:22
チエから思いっきり違う方向へ話が行ってしまいますがご容赦のほどを。
キムチの語源の話が出ましたが、日本語と朝鮮語はいわれている通り極めて近い言語で、というよりも、奈良時代くらいまでは全く同じ言葉を使っていたのではないかとも言われているそうです。
どちらかというと日本語がその頃の言葉を直系で継承していて、地勢的に他国の侵略を受けやすい朝鮮の言葉が他の言語に影響されて変わっていったのではないかということです。
だから語源云々の話では、どちらが語源というのははっきりしないようです。もとは同じ言葉なのだから。
以上、言葉をいろいろ調べていたときにどこかで読んだ話です。ですので引用元不明(苦笑)
う~ん、見事にチエからずれたな。参考程度に。
「家族中心的」な考え [ テツのひげ ] 02/07/08 12:06
> もともとどこからそんな話が

 多分、ホルモン焼屋の店主(オーナー)が韓国朝鮮人である確率が極めて高いからだと思います。また、大阪を舞台に「ホルモン焼屋」を描くからには、絶対「意識」はしていることと思います。ただ、実際に韓国朝鮮人を描いたかどうかは分かりませんが。

> 「儒教」の教えがとても強いお国柄

 1995年の人口住宅総調査基準によると、韓国の宗教人口のうち最も多い宗教は仏教であり全人口の23.2パーセントであります。以下、プロテスタントが全人口の19.7パーセント、カトリックは6.6パーセント、儒教は0.5パーセントなどの順であります。「韓国は儒教の国」と言われていますが、仏教、プロテスタント、そしてカトリックの信者の多さを押さえておく必要もあると思います。
 確かに、歴史の流れから「儒教」の教えが強いのは事実であり、「家族中心的」な考えがあるとも思います。1巻10ページで、おジィはんが以下のようなことを言っています。
「チエ そのテツゆうのはやめられんか。あんな奴でもおまえのお父さんやないか。」
 おジィはんは、「家族中心的」な考えを持っているような気がします。「雪解け」という言葉も好きみたいですし。

> 日本語とおなじように敬語・謙譲語・丁寧語がありますのでこれから考えても

 日本でも、親から金を巻き上げて、自分の親を「くそババ」と呼ぶ家庭は普通にあると思います。(涙)。韓国でも、同じような家庭はたくさんあると思います。
 返事が来て嬉しい気持ちとは逆に、否定的なコメントばかり書いて申し訳ありません。「おジィはんが65歳くらいだとすると」と以前書いたのは、ただ「インケツ」になるように年齢を考えただけで、深い意味はありません。何の参考にもならなくて、申し訳ありません。

Re:歴史と独り言 [ 帰ってきた納豆DX ] 02/07/13 19:26
現在、日本に在住している在日韓国人の大部分90%以上は、いわゆる「強制連行」の結果ではありませんぞ!
「強制連行」として日本に重用された韓国人の大部分は、終戦後に帰国されています。ただ、わずかながら日本で居住する道を選択された方もいるが、それは極わずかです。
現在、日本に在住している韓国人のほとんどは、戦前自らの意思で移住した人たちの子孫です。念のため。
Re:『じゃりン子チエ』と『夜を賭けて』の1考察 [ おいちょ ] 02/07/09 22:35
 私見を。私も呉智英さんの論を読みました。私なりの結論。
 『じゃりン子チエ』に出てくる人々が在日かどうかという議論はあまり意味がない。在日かもしれないし在日じゃないかもしれない。はるきさんは意図したかもしれないし、しなかったかもしれない。いずれにせよ、作品の根幹に関わる問題ではない。

 『じゃりン子チエ』を読む限り、作品からはどちらとも決められないと思いました。失礼を顧みずに言えば、呉さんの論は、いわゆる印象批評=感想文のレベルでしょう。
 作品にはっきりと表れない以上、いろいろ詮索しても骨折り損です。小説なんかだとたまりかねた作者が、「俺の意図はこうだ!」とか言ってしまいますけど、評論では「作者はうそをつく」のが常識なので、あまり重視しません。
 しかもはるきさんのようにほとんど語らない作者ならなおさらです。そんなふうに考えて、私は「在日かどうかは判断できない」という結論を出しました。いかがでしょう?

可能性 [ テツのひげ ] 02/07/10 01:13
おいちょさんの考えは、少なくとも自分は、間違っていないと思います。

> 作品にはっきりと表れない以上、いろいろ詮索しても骨折り損です。

正に、その通りだと思います。しかし、それは100メートル走の世界でいえば、10秒で満足するようなものだと思います。「可能性の追求」は、永遠に終わることは無いと思います。それは、多くの人が興味あることだと思うからです。そして、私はおいちょさんの結論に賛成すると同時に、「可能性」をもっと追求したいです。一人の力で出来る研究は限界があります。些細な意見でも、私は楽しみに待っています。

Re[2]:『じゃりン子チエ』と『夜を賭けて』の1考察 [ 灰江奈 ] 02/07/10 01:36
 はじめまして。灰江奈と申すロクでなしの常連客です。

> 作品にはっきりと表れない以上、いろいろ詮索しても骨折り損です。

 おっしゃる通りかも知れませんが、でも、それを言ったら話が終わってしまいます。永久に答の出ないことに対して、それでも答を出そうとする「研究」もあって良いのではないでしょうか。テツのひげさんも同じようなことをおっしゃっていますが。私としては、個人的には「在日論争」にはあまり興味がないので、強いて参加したくはありませんが、だからといって他人が議論するのを批判しようとも思いません。

> 小説なんかだとたまりかねた作者が、「俺の意図はこうだ!」とか言ってしまいますけど、評論では「作者はうそをつく」のが常識なので、あまり重視しません。

 このへんについては、私も色々と思うところはあるのですが、それは私が実際に論文を発表するときに述べさせていただきます。(私の論文中で「在日論争」について触れるという意味ではありません。)

『じゃりン子チエ』モデル [ 真 ] 02/07/10 11:27
結局は蓄積なんじゃないですかねえ?
作者が、在日の住人、もしくは被差別部落の住人と実体験で触れていて、そこから反映させたものがあっても不思議でないし、舞台や設定で連想させる部分もあるかもしれません。
しかし、読んで誰もが感じるはずだと思えるのは、特殊性を描いているものではないということです。と思います。ここから迫害された層の悲哀を感じ取ってほしい、ということはまるで感じません。

要するに、在日だろうが被差別部落だろうがそこらの住民だろうが、全く同じに通じるところ、“人間”の哀愁を描くことが本題であって、社会性を含ませようとはしてないと思えます。

呉氏の批評も、そこをこそ評価し、差別問題に投げかけたい視点として引き合いにしたのだろうと思えるのです。氏の説に反感が出るのは、「テツが素敵、小鉄がかわいい、など勘違いしている反応があるが、あの作品は・・・」みたいな失言?をしていたことが原因ではないかと思います。まあ、呉智英の癖みたいなものだと思いますけど。

あえて、社会的な扱いで意識があるとすれば、まず“ヤクザ”。やはり土地柄的に身近な存在だったようで、インタビューではよく実体験のモデルとして触れていますが、そういうのを読めばどういうつもりで描いているのかも想像出来ますよね。対する“警察”というのも結構意識してるように感じますが、よく言われる肉体労働者の視点というのは、それほど重要とは感じません。
もうひとつは、エリート層のような人間たち。花井拳骨先生のクラスの同窓会に出ていた人たちや、灰江奈商事の社員たち。こっちはひたすら反じゃりチエ世界の存在として嫌悪感だけを描いています。線があるとすれば、ここですよね。そういえば、チエの友達の“父親”は全然出てませんが、社会的な繋がりが強い存在は出したくないということなんですかね。
あとは、大人と子供の境も結構別けて描いていると思います。個人的にはここがかなり好きです。

つまらない感想を長々と書いてしまいましたが、捉え方については以前にも書き込んでいて、その通りの考えです。あくまで個人的な意見ですが、やはり作品から“感じるもの”が最も重要なんだと思うんです。失礼しました。

Re:『じゃりン子チエ』モデル [ とっかり ] 02/07/15 23:22
私も真さんの意見に同意です。
私自身も同級生に在日の人がいてましたが、在日やったということを知っても、「そおなんや」程度の話で、私らの場合、「一挙に話はシリアスに!」なんてことにはなりませんでした。
いや単にどいつもこいつもノンキやったと云われれば、そおなんですけど。

...え、話がまとまりませんが、在日の人だろうと日本人だろうと帰化した人だろうと、同じ環境に暮らしていく中で、ことさらに互いの違いを感じる必要もない世界(特に子供の視点では)も世の中にはあるんや、というのが私の申したいことです。

そりゃ世の中ほじれば、常識的な世間の裏にはディープでエグい、シビアな話はいっぱい出てきますが、いわゆるそこいらへんの「ふつーの大人の世間」から一歩はみ出たら、漏れなくすべて「ディープでエグく、シビアでなければならない」とは思えないのです。(私自身の体験からして)
そおいう世界をはるき先生は描いていると思っています。

#無論、好奇心の赴くままに想像をふくらますのも
#おもろいことで、「おジイはん」在日説などは
#ナルホドねと感心して拝読いたしました....m(_ _)m

Re[2]:『じゃりン子チエ』モデル [ おいちょ ] 02/07/19 02:25
はるきさんが「在日の人だろうと日本人だろうと帰化した人だろうと、同じ環境に暮らしていく中で、ことさらに互いの違いを感じる必要もない世界」を描いているというのはその通りですよね。はるきさんが育った釜ケ崎を知ってる人ならすぐ納得できそうなことですよね。

それを、呉さんはことさらとりあげて、「彼らは在日だ」と指摘し、社会から隔離され抑圧されている人々だと指摘した(はっきり言えば決め付けた)ところが大いに問題ありだと思うんですよ。あれは大胆な解釈、とかいうものとは違うんですよねー。


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