堅気屋倶楽部
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三日月の傷の謎 [ 北中 ] 97/10/17 16:16
こんにちは、実は以前から疑問がありました。
「どらン猫小鉄」等でありましたが、小鉄がジュニアに自分の昔話をする所で、九州でドンパチ騒ぎを起し、トラックの荷台に乗り東北ヘ行き、そこで名うての悪「イモマル」と「月の輪の雷蔵(ニセモノ)」の決闘の場面で、小鉄は「そのトラックの荷台で額に三日月の傷が出来た」と、言っていたのに、もうニセ雷蔵の額にも三日月の傷がありました。
おかしいと思いません?その時「雷蔵の額に三日月の傷がある」というのは誰も知らなかったと思うのに…
まあ、私は単行本は36巻ほどまでしか持っておらず、ほとんどTV版をビデオで見て楽しんでいるので、その後追加のエピソードがあるのか分かりませんが、出来れば どなたかお返事下さい。
あと、カマトラはアントニオを「竹馬の友」とまで呼んでいたのにジュニアとの絡みが少なかったと思います。
あんなにソックリやのに見たら「アーーー!」ってなると思うんですけど(笑)
ではまた…
Re:三日月の傷の謎 [ ふーきゃん ] 97/10/22 00:58
10月17日の北中さんの疑問ですが(番外編で小鉄が東北でニセの雷蔵にあったときまだ三日月の傷ができたばかりなのに偽物にはすでに三日月の傷があった)たしか、小鉄は「トラックで傷が出来た」という事は言ってなかったと思うんですが。アニメの方では言ってたのかな?ちょっと忘れましたが、今とりあえず単行本の方で確認したんですが・・・
あの傷は九州のドンパチでついた傷なんです。(北中さんは単行本の"どらン猫小鉄"の本読みました?九州のドンパチ騒動の話なんですが、まだならぜひ、ぜひ、読んでください!ラストシーンの小鉄がすごくいいんです!まるで日活のアクション映画みたいで…)
つまり、九州でカズヒサとの戦いによって三日月の傷ができたんですが、噂はすぐにひろまって、小鉄は西日本に住みにくくなってしまい、東北に着いたころはもう偽物がいたんですね。傷のほうも一応は治っていたんでしょうがまだ皮膚が完全に固まってなかったんでしょう。だから東北の寒さでアカギレになったゃったんだとおもいます。
これが、私の推理ですがどうでしょう?
Re[2]:三日月の傷の謎 [ 菊地馨@関じゃり研 ] 97/10/22 13:51
北中さん。ふーきゃんさん。こんにちはいつもいつも、どうもです。
17日のご質問の件、原作では、ふーきゃんさんのご指摘の通りです。
しかし「日活のアクション映画」って…わかる人いるんでしょうか…(笑)。
補足しますと、三日月傷の由来は「どらン猫小鉄」206頁、または「じゃりン子チエの秘密」164頁にあります。
東北の一件は、原作で「番外篇」(今は文庫版が出ています)4話にあり、九州の一件が「西日本中に広がってしまいちょっと住みにくくなったので」という下りがあることから、九州事件から、いくらか日数が経過してから、東北に行ったのではないか・・・と解釈できます。
釜虎の件ですが、アントニオジュニアを見て、スフィンクスの釜虎曰く「おまえを包むアホの空気がおまえの顔に行くワシの視線をさえぎったのだ」。
釜虎は小鉄と和解し、吟遊詩人として「アントニオ讃歌」を伝承するため放浪の旅に出たのですが、その後は話題にも上がっていません。
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